浦和地方裁判所 昭和60年(ワ)405号 判決 1991年3月13日
原告
西本昌一
同
李奉午
同
李榮桓
同
李吉宴
右法定代理人親権者母
朴又粉
原告ら四名訴訟代理人弁護士
藤川成郎
被告
鈴木芳子
右訴訟代理人弁護士
鈴木俊光
主文
一 被告は、原告西本昌一に対し金九六〇二円及びこれに対する昭和五六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告李奉午、同李榮桓及び同李吉宴に対しそれぞれ金四九四五円及びこれらに対する右同日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
別紙「原告らの請求」記載のとおり。
第二事案の概要
一本件は、原告らが、被告に対し、亡西本龍雄こと李七龍(国籍、大韓民国、昭和五五年四月二四日死亡)の被告に対する遺贈及び贈与について、原告らの遺留分を侵害するものであるから、大韓民国民法(以下「韓国民法」という。)に基づきその返還請求権を行使すると主張して、金銭の支払と別紙1物件目録記載の不動産につき、所有権(一部)移転登記手続を求める事件である。
二争いのない事実
当事者の主張は、別紙「当事者の主張」記載のとおりであり、請求原因1(身分関係)、3(相続人及び相続分)の事実、同4(七龍の財産及びその処分)のうち、別紙3の遺産目録1ないし5の遺産が存在したこと及び同目録1の遺贈について、その遺贈はされたが、被告がその承認をしていないため、右遺贈の目的物である債権を取得していないこと、及び同8のうち、遺留分返還請求権の行使があったことは、いずれも当事者間に争いがない。
三争点
1 遺留分の保全に関する韓国民法一一一五条の規定(昭和五四年一月一日施行)は、右規定の施行前に行われた別紙1の物件目録記載の各土地の贈与について適用されるか。
2 遺留分算定の基礎となるべき財産の範囲及びその相続開始時における価格
第三争点に対する判断
一争点1について
1 <証拠>によれば、韓国民法の遺留分制度(同法第五編「相続」の第四章「遺留分」)は、昭和五二年一二月三一日に公布され、昭和五四年一月一日から施行された法律第三〇五一号の改正によって新設されたものである。そして、その改正附則②には、「この法律は、従前の法律により生じた効力に対し影響を及ぼさない。」と規定されている。
そこで、同法一一一五条(遺留分の保全)の規定が右改正法施行前の贈与について適用されるか否かについて検討するに、これを積極に解するときは、受贈者は改正前の贈与により取得した財産の一部を返還せざるを得ない結果となり、右附則が「従前の法律により生じた効力に対し影響を及ぼさない。」と規定していることに反する結果となる。したがって、右改正法施行前の贈与について右規定を適用することはできないというべきである。
2 原告らは、別紙1の物件目録記載の各土地につき遺留分の返還請求をしているが、原告らの主張によれば、同目録一、二の土地(別紙3遺産目録の3(1)(3))、同三の土地(別紙3遺産目録の4(2))の贈与日は、いずれも右改正法の施行前である昭和五二年四月一一日であるというのであるから、右各土地の贈与は遺留分減殺の対象とはなり得ない。したがって、右各土地に対する原告らの本件各請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がない。
二争点2(遺留分算定の基礎となるべき財産の範囲及びその相続開始時における価格)について
1 韓国民法一一一三条によれば、遺留分は、被相続人が相続開始の時に有した財産の価格に贈与した財産の価格を加算し、債務の全額を控除して算定するものとされ、同法一一一四条によれば、右により算入される贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限られ、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、一年前にしたものでも算入することとされている(なお、遺留分の算定に当たり、右改正法の施行前になされた贈与財産の価格を算入したとしても、施行前に生じた贈与の効力に影響を与えるものではないから、右改正法施行後において遺留分を算定する場合には、右改正法が施行される前になされた贈与財産の価格を算入しても妨げないというべきである。)。
2 相続開始の一年前にした贈与について
(一) 別紙3遺産目録の3ないし5
原告の主張によれば、別紙3遺産目録の3ないし5の各不動産の贈与時期はいずれも昭和五二年四月一一日であるところ、遺留分制度を新設した改正法が公布されたのは昭和五二年一二月三一日であるから、贈与当事者が右贈与時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたものということはできない。
したがって、右各贈与財産の価格を遺留分算定の基礎に算入することはできない。
(二) 別紙3遺産目録の8
原告の主張によれば、別紙3遺産目録の8の現金一〇五万円の贈与時期は昭和五三年二月であるところ、遺留分制度を新設した改正法が施行されたのは昭和五四年一月一日であるから、右各贈与当時は、いまだ遺留分権利者なるものが存在しなかったというべきである。したがって、贈与当事者が右各贈与時において遺留分権利者に損害を加えることを知っていたものということはできず、右各贈与財産の価格を遺留分の算定の基礎に算入することはできない。
なお、別紙3遺産目録の8の贈与は、現金一〇五万円の贈与に過ぎず、七龍は、右贈与当時(昭和五三年二月)、他に別紙3遺産目録11ないし16の財産を有していたことに照らすと、右金額程度の贈与によって遺留分権利者に損害を加えることを知っていたものと認めることはできない。
(三) 別紙3遺産目録の11、12、17
韓国民法一一一八条、一〇〇八条によれば、共同相続人中に、被相続人から財産の贈与を受けた者がある場合は、たとえ相続開始一年前になされたものであっても、その価格の全部を遺留分算定の基礎額に算入すべきものと解される。そして、甲二五、二七、三八、原告西本によれば、別紙3遺産目録11、12、17の各贈与が同目録記載の相続人に対しされたこと及び相続開始時における各価格が同目録記載のとおりであることが認められる。
3 相続開始前の一年間にした贈与について
<証拠>によれば、別紙3遺産目録1、2、6、7、9、10、13ないし16の各遺贈ないし贈与の事実及び相続開始時における各価格が同目録記載のとおりであることが認められる。
三各原告の遺留分について
以上を前提に、原告らの被告に対する遺留分返還請求権の存否及びその内容について検討するが、遺留分返還請求権は形成権であり、行使と同時にその効力が生じるから、原告らのうち、遺留分返還請求権の行使の時期が最も早い(<証拠>)原告西本について、まず検討する。
1 原告西本
原告西本は遺留分権利者であって(韓国民法一一一二条一号)、その遺留分割合は、相続分の二分の一であるから、その遺留分は、遺留分算定基礎額の一〇分の一である。
そして、遺留分算定基礎額は、別紙3遺産目録の1、2、6、7、9ないし17の各目的財産の価額の合計額である一億六八八七万二五九二円である。
したがって、原告西本の遺留分額は一六八八万七二五九円であり、韓国民法一一一八条、一〇〇八条により、右遺留分額から同原告に対する別紙3の遺産目録17の贈与の価額を控除した一〇九二万九六八四円が、その不足遺留分額である。
ところで、右不足遺留分額の返還請求は、遺贈、贈与の順に行う(同法一一一六条)べきところ、死因贈与には遺贈の規定が準用される(同法五六二条)から、原告西本は、まず、別紙3遺産目録の1、2の遺贈及び同目録9、10の死因贈与に対し、その価額に比例して返還請求をすべきことになる。そして、右の遺贈及び死因贈与の目的物の価額は、合計八八三七万〇八〇三円であって、原告西本の不足遺留分額一〇九二万九六八四円を上回るから、原告西本は被告に対し、同目録6、7記載の各贈与について返還請求ができない。
また、右の遺贈及び死因贈与のうち、被告が取得したのは、別紙3遺産目録2の預金の三分の一である七万七六三六円であるから、原告西本が被告に対して返還請求できる金額は、別紙6計算式一のとおり、九六〇二円である。その余の不足遺留分は訴外の井上一生、井上祥江に対して返還請求すべきものである。
2 原告李奉午、同李榮桓及び同李吉宴(以下「原告李ら」という。)
原告李らは遺留分権利者であって(同法一一一二条一号)、その遺留分割合は、相続分の二分の一であるから、各人の遺留分は遺留分算定基礎額の各三〇分の一である。
遺留分算定基礎額は、前記のとおり、一億六八八七万二五九二円であるから、原告李らの遺留分額は、各五六二万九〇八六円である。
そして、原告李らは、まず、別紙3遺産目録の1、2の遺贈及び同目録9、10の死因贈与から、原告西本が既に返還請求を行った残余額について、その価額に比例して、返還請求すべきことになるが、その残余額は、八八三七万〇八〇三円から一〇九二万九六八四円を控除した七七四四万一一一九円であって、原告李らの不足遺留分額の合計額一六八八万七二五八円(五六二万九〇八六円×三)を上回るから、原告李らは同目録6、7記載の各贈与については、返還請求ができない。
また、右の遺贈及び死因贈与のうち、被告が取得したのは、別紙3遺産目録2の預金の三分の一である七万七六三六円であるが、これから原告西本が返還請求をした九六〇二円を控除した残額六万八〇三四円に対し、原告李らが返還請求できる金額は、別紙6計算式二のとおり、各四九四五円である。その余の不足遺留分は訴外の井上一生、井上祥江に対して返還請求すべきものである。
四よって、原告らの被告に対する請求は、原告西本につき、九六〇二円、同奉午、同榮桓及び同吉宴につき、それぞれ四九四五円及び右各金額に対する各返還請求の後の日である昭和五六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判長裁判官髙橋正 裁判官都築政則 裁判官細井淳久は、入院につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官髙橋正)
(別紙)
原告らの請求
一 被告は、別紙1物件目録一及び二記載の各土地につき、原告西本昌一(以下「原告西本」という。)に対し持分六一二六万七四六七分の二八四二万二八二八を、同李奉午(以下「原告奉午」という。)、同李榮桓(以下「原告榮桓」という。)及び同李吉宴(以下「原告吉宴」という。)に対しそれぞれ持分六一二六万七四六七分の一〇九四万八二一三を各移転する旨の所有権移転登記手続をせよ。
二 被告は、同目録三記載の土地につき、原告西本に対し持分一億七四一〇万九〇九〇分の七〇〇〇万九七一七を、同奉午、同榮桓及び同吉宴に対しそれぞれ持分一億七四一〇万九〇九〇分の二六九六万七一〇一を各移転する旨の所有権の一部移転登記手続をせよ。
三 被告は、原告西本に対し七七万一〇九四円、同奉午、同榮桓、同吉宴に対しそれぞれ二九万七〇一八円及び原告らに対し、右各金員に対する昭和五六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
別紙1 物件目録
一 所在 浦和市大字五関字高畑
地番 三二五番一
地目 宅地
地積 165.71平方メートル
二 所在 右同所
地番 三二六番一
地目 宅地
地積 88.26平方メートル
三 所在 浦和市大字下大久保字中郷
地番 九二三番一二
地目 宅地
地積 95.76平方メートル
別紙2 相続人及び相続分一覧表
相続人 被相続人との続柄 相続分
西本昌一 長男 五分の一
李奉午 孫(次男李政洙の長男)
一五分の一
李榮桓 孫(同次男) 一五分の一
李吉宴 孫(同長女) 一五分の一
李重男 三男 一〇分の三
李初子 長女 二〇分の一
井上一生 子 五分の一
井上祥江 子 二〇分の一
別紙3
遺産目録
番号
財産の種類
数量・金額
処分の
内容・時期
受贈者等
相続開始時
の価格(円)
備考
1
西本昌一に対する債権
3,870,000円
遺贈
鈴木 芳子・
井上 一生・
井上 祥子
3,870,000
持分各3分の1
2
預金(埼玉朝鮮信用組合)
232,910円
遺贈
鈴木 芳子・
井上 一生・
井上 祥江
232,910
持分各3分の1
3
土地
(1)浦和市大字五関字高畑325番1
(2) 〃 325番2
(3) 〃 326番1
165.71m2
187.50m2
88.26m2
昭和
52.4.11
贈与
鈴木 芳子
80,267,272
3.3m2当り
600,000円
4
土地
(1)浦和市大字下大久保字中郷923番1
(2) 〃 923番12
(3) 〃 923番18
(4) 〃 923番20
(5) 〃 923番21
926.30m2
95.76m2
8.42m2
13.48m2
5.61m2
昭和
52.4.11
贈与
鈴木 芳子
190,830,909
3.3m2当り
600,000円
5
建物(浦和市大字下大久保字中郷923番地2所在)
家屋番号 923番2の1
〃 923番2の2
〃 933番2の3
〃 923番2の4
〃 923番2の5
〃 923番2の6
〃 923番2の7
32.23m2
32.23m2
30.57m2
32.23m2
54.54m2
54.54m2
54.54m2
昭和
52.4.11
贈与
鈴木 芳子
1,500,000
6
現金
5,700,000円
昭和
54.10
贈与
鈴木 芳子
5,700,000
7
現金
300,000円
昭和
54.8
贈与
鈴木 芳子
300,000
8
現金
1,050,000円
昭和
53.2
贈与
鈴木 芳子
1,050,000
9
建物(浦和市大字根岸字根岸前521番地所在)
家屋番号 521番3
409.44m2
死因
贈与
井上 一生
井上 祥江
27,750,000
持分各2分の1
10
地上権(浦和市大字根岸字根岸前521番)
409.91m2
死因
贈与
井上 一生
井上 祥江
56,517,893
持分各2分の1
No.9の敷地
11
建物(鳩ヶ谷市大字里字曲田457番地1所在)
家屋番号457番1
232.03m2
昭和
53.10.22
贈与
井上 一生
井上 祥江
500,000
持分各2分の1
12
借地(賃借)権(鳩ヶ谷市大字里字曲田475番1)
155.37m2
昭和
53.10.22
贈与
井上 一生
井上 祥江
19,774,363
持分各2分の1
No.11の敷地
13
現金
7,979,600円
昭和
54.8.23
贈与
李 重男
7,979,600
14
土地(川口市大字赤井字広田983番1,983番11-仮換地99m2)
99m2
昭和
54.7.30
贈与
李 重男
邊 京子
18,000,000
持分各2分の1
No.16の敷地
15
土地(川口市大字赤井字広田983番10-仮換地95m2)
95m2
昭和
54.7.30
贈与
李 重男
邊 京子
11,515,151
持分各2分の1
No.17の敷地
16
建物(川口市大字赤井字広田980番地外所在)
家屋番号980番
117.28m2
昭和
54.7.30
贈与
李 重男
邊 京子
10,775,100
持分各2分の1
17
建物(川口市大字赤井字広田983番地の10所在)
家屋番号983番10の1
38.01m2
昭和
37.10.6
贈与
西本 昌一
5,957,575
このうちNo.15
の使用権価格
5,757,575円
合計 4億4,252万0,773円
別紙4 遺留分明細書
遺留分額
a
取得財産
b
不足分又は超過分
(a-b)
遺産の取得分
d
遺留分残額
(a-b-d)
減殺対象額
e
備考
西本 昌一
44,252,077
5,957,575
38,294,502
1,903,397
36,391,105
李 奉午
14,750,692
0
14,750,692
733,171
14,017,521
李 榮桓
14,750,692
0
14,750,692
733,171
14,017,521
李 吉宴
14,750,692
0
14,750,692
733,171
14,017,521
井上 一生
44,252,077
52,271,128
8,019,051
8,019,051
井上 祥江
11,063,019
52,271,128
41,208,109
41,208,109
李 重男
66,378,115
28,124,725
38,253,390
京子
0
20,145,125
20,145,125
20,145,125
鈴木 芳子
0
279,648,181
279,648,181
279,648,181
内不動産 272,598,181
現金 7,050,000
遺産
4,102,910
(合計 4,102,910)
(合計78,443,668)
(合計 349,020,466)
(合計 442,520,772)
別紙5
減殺請求内訳書
遺留分残額
現金の減殺請求
f
不動産の減殺請求
g
減殺請求総額
西本 昌一
36,391,105
735,078
28,422,828
2915万7906
李 奉午
14,017,521
283,145
10,948,213
1123万1358
李 榮桓
14,017,521
283,245
10,948,213
1123万1358
李 吉宴
14,017,521
283,145
10,948,213
1123万1358
合計
78,443,668
1,584,513
61,267,467
(注)
1) fの算式 7,050,000÷349,020,466×遺留分残額
2) gの算式 272,598,181÷349,020,466×遺留分残額
別紙6計算式
一 原告西本について
7万7636円×≒9602円
二 原告李らについて
6万8034円×≒4945円
(別紙)
当事者の主張
一 請求の原因
二 請求の原因に対する答弁
1 身分関係
原告西本は、西本龍雄こと李七龍(以下「七龍」という。)の長男であり、同奉午、同榮桓、同吉宴は七龍の次男である李政洙(以下「政洙」という。昭和四八年一〇月一九日死亡)のそれぞれ長男、次男及び長女であり、被告は七龍の内縁の妻である。
1
認める。
2 準拠法
七龍は昭和五五年四月二四日死亡したが、同人は韓国人であり、その死亡による相続は法例二五条により、本国法たる韓国の法律によって律せられる。
2
認める。
3 相続人及び相続分
韓国民法によれば、同人の直系卑属である原告西本、李重男(以下「重男」という。)、李初子(以下「初子」という。)、井上一生(以下「一生」という。)及び井上祥江(以下「祥江」という。)が同法一〇〇〇条一項一号により、また、七龍の次男である政洙が七龍死亡前である昭和四八年に死亡したため、その直系卑属である原告奉午、同榮桓、同吉宴が同法一〇〇一条によって、それぞれ代襲相続することにより、七龍の財産相続人となる。
同国民法は、子の法定相続分は均等が原則であり(同法一〇〇〇条一項一号、一〇〇九条一項本文)、代襲相続の相続分は被代襲者のそれと同一であり(同法一〇〇一条、一〇一〇条)、七龍は、韓国法上戸主の地位にあったものであるが、戸主相続人には固有の相続分の五割が加算され(同法一〇〇九条一項但書)、他家の戸籍にある直系卑属女子の相続分は男子の四分の一である(同法一〇〇九条二項)旨規定している。
原告西本は七龍死亡前に日本に帰化することにより韓国籍を失ったため戸主相続人とはなりえず(同法九八〇条一号)、次男の政洙は七龍死亡以前に既に死亡しているため、三男の李重男が戸主相続人となった(同法九八四条一項、九八五条二項本文。)。また、初子は女子であり、婚姻により、昭和三八年に被相続人の戸籍から他家の戸籍に入り、祥江は被相続人と井上愛子との間に生まれた女子で、同人の戸籍に入っている。
以上により、各相続人の相続分は、別紙2相続人及び相続分一覧表記載のとおりとなる。
3
認める。
4 七龍の財産及びその処分
七龍は、生前別紙3遺産目録「財産の種類」欄記載のとおりの財産を有していたが、右財産は同目録「処分の内容、時期」欄記載の時期に、同目録「受贈者等」欄記載の者に対してそれぞれ処分された。
ただし、同目録1の遺贈につき被告は承認をしておらず、債権を取得していない。
4
別紙3遺産目録1については、債権の存在及び遺贈の事実並びに右遺贈を被告が承認をしていないため債権を取得していないことは認める。
同目録2については、預金の存在は認めるが、被告が遺贈を受けたことは否認する。
同目録3については、土地の存在はいずれも認めるが、贈与の事実は否認する。
右各土地は、昭和四七年に被告と七龍とが不和となり、浦和家庭裁判所で内縁解消の調停がなされた際、被告が七龍から慰藉料の代わりに取得したものである。
同目録4及び5については、土地及び建物の存在はいずれも認めるが、相続開始時の価額についてはいずれも争う。
同目録6については、現金の存在は知らない。贈与の事実は否認する。
同目録7については、現金の存在及び贈与の事実をいずれも否認する。
同目録8については、現金の存在は知らない。贈与の事実は否認する。
5 遺留分権の存在
原告らはいずれも遺留分権利者であって、遺留分算定基礎額に遺留分割合を乗じた価額を遺留分として相続する権利を有しており(同法一一一二条一号、一一一三条一項)、遺留分算定基礎額は、被相続人が相続の開始時に有した財産の価額に相続開始前の一年間にされた贈与(当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは一年前にしたものも含む。)の価額を加えたものから債務全額を控除することにより算出し(同法一一一三条一項、一一一四条)、右贈与及び遺贈によって遺留分に不足が生じたときは、不足の限度において、――贈与あるいは遺贈を受けた者が数人いるときは、各人が得た遺贈価額に比例して――財産の返還を請求することができる(同法一一一五条)。
5 争う。
韓国民法遺留分の規定は、昭和五四年一月一日から施行されたものであり、同国の一九七七年法律三〇五一号附則②は、従前の法律行為によって生じた効力に対しては影響を及ぼさないことを規定しているのであるから、昭和五三年一二月三一日までに行われた法律行為の効力は、右規定の施行によって拘束されることはない。
仮に遺留分の規定の適用があるとしても、遺留分計算の際算入される贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限定されるし、さらに遡るとしても、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与した場合に限られる(同法一一一四条)ところ、遺留分の規定が公布されたのは昭和五二年一二月三一日であるから、それ以前は遺留分権利者は存在せず、それに損害を加える贈与は有り得ない。
6 遺留分割合等
原告らの遺留分割合は、いずれも法定相続分の二分の一であるから(同法一一一二条一号)、原告西本については、遺留分算定基礎額の一〇分の一(五分の一×二分の一)、同奉午、同榮桓、同吉宴については、それぞれ遺留分算定基礎額の三〇分の一(いずれも一五分の一×二分の一)となる。
また、本件における遺留分額算定の基礎となる財産関係は、別紙3遺産目録の「財産の種類」及び「相続開始時の価格」各欄記載のとおりであり、総額四億四二五二万〇七七三円である。
それ故、原告らは、別紙4遺留分明細書「遺留分額」欄記載のとおり、原告西本につき四四二五万二〇七七円、同奉午、同榮桓、同吉宴につきそれぞれ一四七五万〇六九二円ずつ相続を受ける権利を有している。
6 遺留分権の存在を争う。
7 遺留分の侵害
七龍の財産は4記載のとおりに処分され、原告らの受けるべき右各遺留分残額は、いずれも侵害された。
7 原告らの遺留分残額がいずれも侵害されたことは争う。
別紙3の遺産目録3、4、5、8記載の贈与は、いずれも七龍及び被告が遺留分権利者に損害を加えることを知った上でされたものである。
上段記載の各贈与が、いずれも七龍及び被告が遺留分権利者に損害を加えることを知った上でされたものであることは否認する。
8 返還請求権の行使
遺留分権利者は、相続の開始及び返還すべき贈与又は遺贈があった事実を知ったときから一年内に返還の請求権を行使する必要があるところ(同法一一一七条一文)、原告西本は昭和五六年二月一四日に、同奉午、同榮桓、同吉宴はいずれも同年三月一四日に被告に対してそれぞれ返還の請求権を行使した。
8 遺留分返還請求権行使の事実があったことは認める。
9 返還請求の内容
(一) 返還請求は、遺贈、贈与の順に行う旨規定されている(同法一一一六条)ので原告らはまず、別紙3遺産目録1及び2記載の各遺贈について、受遺者である被告、祥江及び一生に対し、返還の請求権を行使する。
その結果、同目録1記載の債権について、原告西本は一七九万五三四六円六二銭、同奉午、同榮桓及び同吉宴はいずれも六九万一五五一円ずつ取得し、同目録2記載の預金について、原告西本は一〇万八〇五〇円、原告奉午、同榮桓及び同吉宴はいずれも四万一六一九円九三銭ずつ取得したこととなる。
これによって不足遺留分残額は、別紙4遺留分明細書「遺留分残額」欄記載のとおり、原告西本につき三六三九万一一〇五円、同奉午、同榮桓及び同吉宴につきそれぞれ一四〇一万七五二一円となる。
9(一)
知らない。
(二) 次に、原告らは別紙3遺産目録3以下の贈与について、受贈者である被告に対し、返還の請求権を行使する。
返還請求の対象となる財産価額は、別紙4遺留分明細書の「減殺対象額」欄記載のとおり、合計三億四九〇二万〇四六六円であり、そのうち被告は同別紙「取得財産」欄記載のとおり合計二億七九六四万八一八一円相当の財産を取得している。
5のとおり、原告らは被告に対し、後者を前者で除し、それに原告ら各自の遺留分残額を乗じた額につきそれぞれ返還を受ける権利を有しているので、別紙5減殺請求内訳書「減殺請求総額」欄記載のとおり、原告西本は二九一五万七九〇六円、同奉午、同榮桓及び同吉宴はそれぞれ一一二三万一三五八円について、以下の方法で、被告に対して返還の請求権を行使する。
(1) 原告西本
あ 別紙3遺産目録3(1)(3)記載の各土地につき、持分各六一二六万七四六七分の二八四二万二八二八(価格は3(1)につき一三九七万七三〇二円、3(3)につき七四四万四五五二円)
い 同目録の4(2)記載の土地につき、持分一億七四一〇万九〇九〇分の七〇〇〇万九七一七(価格は七〇〇万〇九七一円)
う 同目録の6記載の現金のうち五九万四三一八円四二銭
え 同目録の7記載の現金のうち、三万一二七九円九〇銭
お 同目録の8記載の現金のうち、一〇万九四七九円六九銭
(2) 原告奉午、円榮桓、同吉宴
あ 同目録の3(1)(3)記載の各土地につき、持分各六一二六万七四六七分の一〇九四万八二一三
(価格は3(1)につき各五三八万三九二九円、3(3)につき各二八六万七五七三円)
い 同目録の4(2)記載の土地につき持分一億七四一〇万九〇九〇分の二六九六万七一〇一
(価格は各二六九万六七一〇円)
う 同目録の6記載の現金のうち二二万八九二六円
え 同目録の7記載の現金のうち一万二〇四八円七三銭
お 同目録の8記載の現金のうち四万二一七〇円五七銭
(二)
争う。
10 なお、被告は、別紙3遺産目録2記載の預金の払戻金の三分の一である七万七六三六円を遺贈により取得しているが、9(一)記載のとおり、右預金は原告らが取得するところとなったものであって、その内訳は、原告西本につき、三万六〇一六円、同奉午、同榮桓、同吉宴につきそれぞれ一万三八七三円である。
10
争う。
11 よって、原告らは、いずれも原告らの請求記載のとおりの各所有権移転登記手続及び各金員の支払いを求める。